八月最終日の腐りかけの桃
- Lily
- 8月31日
- 読了時間: 2分
冷蔵庫に取ってあった桃は、皮が茶色く変色し、たるみ、ブヨブヨしている。
八月の最終日、午前中は『8月の本』を読む。暑くて食材調達へ出る気になれず、冷蔵庫にあったのが、腐りかけの桃。
「ツィゴイネルワイゼン」を大音量でかけた。桃を食べるので。
「きみ、いま何か言ったかな?」 「いや」 「変だな。きみには聞こえなかったか? どっかで人の声がしたんだが」「サラサーテが喋ったんだよ」 (鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』)
藤田敏八と原田芳雄の声が脳内で再生される。

サラサーテ自身が弾く「ツィゴイネルワイゼン」はドラマチックすぎないのがよくて、映画と同じタイミングで、じっさい男の話し声がする。
百閒の筆ではこういうことだ。
さっき持っていったのと同じ様な黒の十吋で、サラサーテ自奏のチゴイネルバイゼンだと云うのだが、それは私にも覚えがある。吹込みの時の手違いか何かで演奏の中途に話し声が這入っている。それはサラサーテの声に違いないと思われるので、レコードとしては出来そこないかも知れないが、そう云う意味で却って貴重なものと云われる。 (内田百閒「サラサーテの盤」)
私、いつも思うのだけれど、百閒は幻想小説を書いていたときがいちばん楽しかったんじゃないかな。
『ツィゴイネルワイゼン』には、大楠道代が水蜜桃の皮をねぶる場面がある。桃の産地では熟れない硬い桃を好む人も多いと聞く。けれども私は大楠に同意したい。桃は腐りかけがいい。
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