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本と人生を編集する日々

Daily Lily

about

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或る書籍編集者のネタ帖。

読んだ本、つくった本、美しいもの――

心動かされたできごと。

Administrator

心にはいつもセリーヌ。

仕事では、本にする文章を読み、

仕事以外では、本になった文章を読む。

* * *

それに第一、

これはだれにだってできることだ。

目を閉じさえすればよい。

すると人生の向こう側だ。

――『夜の果てへの旅』セリーヌ／生田耕作訳

* * *

担当書籍一覧

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大傑作。

〈コンラッドの恐怖と、ドストエフスキーの狂気と、カポーティ『冷血』のぞっとする脅威がある。ーーNYタイムズ〉

〈ル・カレのようなサスペンス。ーーニューヨーカー〉

そんなこと、ある？？　と疑っていたのだけれど、大げさではなかった。

616頁2段組。朝から読み始めて、食事をとることも忘れ、読み終わると夜になっていた。信じられないが一気読み、というより、読まされた。石牟礼道子『アニマの鳥』に似た衝撃。共に人間の尊厳を書いているから。

ストーリーのモデルになった事件はある。しかし、作家はあえて取材などせず、事件のモチーフだけ活かしてあくまでフィクションとして書き切ったという。そして、そのことによって、おそらく事実を超えるメッセージを読者に投げかけることに成功した。

ナチスの恐怖政治で、誰もが誰をも信じられなくなっていたベルリン。皆がそうしたように、息を潜めて暮らしていた寡黙な職工長とその妻のもとに、一人息子の戦死の報せが届く。そしてこの死が夫婦の何かを駆り立てる。

夫婦は毎週末、何葉かの葉書に反ナチスのメッセージを綴り、その葉書を人目のつかない場所に置いてくるという抵抗運動を開始する。葉書のメッセージがベルリン市民たちの目に触れ、回し読みされるという可能性を願いながら。

もともと作品の結末はわかっているが、それでも夫婦が追い詰められていく展開は一級のノワールでありクライムだ。しかしそのスリルを経てとりわけ素晴らしいのが「第四部　最期」。夫妻がとうとうゲシュタポに捕えられてからの顛末だ。拘束され、拷問され、裁判にかけられ、死刑になる。その裁判にドラマと事件がある。まさにカラマーゾフ的であり、極限状態にある人間が尊厳を保とうとするときの、葛藤、諦念、覚悟、その先にある決意に声を失う。

そして、何より残酷な現実は、この夫婦が命を賭してまで仕掛けた抵抗運動は何らかの効果をベルリンの人々にもたらしたかといえば、全くそんなことはなかったということだ。

〈「手紙も葉書もすべて、自由意志で我々（警察）の元に届けられたものだ。我々が見つけ出したものは一枚もない。（略）ほとんどの人間が、葉書を読んですらいなかった……」〉

静かな連帯を信じたこの老夫婦の抵抗運動は、それどころかベルリンの人たちに恐怖と不安をもたらしただけだったのだ。

ではこの夫婦の抵抗は無意味たったのか。夫婦の死は犬死にだったのか。

私にはそうは思うことができなかった。二人はそれぞれ、ベルリンに一人死すために一人生きたのだ。それぞれ自分が信じるもの、信念を守るために。私はしばらくその場を動くことができなかった。

※ ※ ※

📕ハンス・ファラダ／赤根洋子訳『ベルリンに一人死す』｜みすず書房

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #ハンスファラダ #赤根洋子 #ベルリンに一人死す #本と花 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子読書 #りり子日乗 #書籍編集者

大傑作。

〈コンラッドの恐怖と、ドストエフスキーの狂気と、カポーティ『冷血』のぞっとする脅威がある。ーーNYタイムズ〉

〈ル・カレのようなサスペンス。ーーニューヨーカー〉

そんなこと、ある？？　と疑っていたのだけれど、大げさではなかった。

616頁2段組。朝から読み始めて、食事をとることも忘れ、読み終わると夜になっていた。信じられないが一気読み、というより、読まされた。石牟礼道子『アニマの鳥』に似た衝撃。共に人間の尊厳を書いているから。

ストーリーのモデルになった事件はある。しかし、作家はあえて取材などせず、事件のモチーフだけ活かしてあくまでフィクションとして書き切ったという。そして、そのことによって、おそらく事実を超えるメッセージを読者に投げかけることに成功した。

ナチスの恐怖政治で、誰もが誰をも信じられなくなっていたベルリン。皆がそうしたように、息を潜めて暮らしていた寡黙な職工長とその妻のもとに、一人息子の戦死の報せが届く。そしてこの死が夫婦の何かを駆り立てる。

夫婦は毎週末、何葉かの葉書に反ナチスのメッセージを綴り、その葉書を人目のつかない場所に置いてくるという抵抗運動を開始する。葉書のメッセージがベルリン市民たちの目に触れ、回し読みされるという可能性を願いながら。

もともと作品の結末はわかっているが、それでも夫婦が追い詰められていく展開は一級のノワールでありクライムだ。しかしそのスリルを経てとりわけ素晴らしいのが「第四部　最期」。夫妻がとうとうゲシュタポに捕えられてからの顛末だ。拘束され、拷問され、裁判にかけられ、死刑になる。その裁判にドラマと事件がある。まさにカラマーゾフ的であり、極限状態にある人間が尊厳を保とうとするときの、葛藤、諦念、覚悟、その先にある決意に声を失う。

そして、何より残酷な現実は、この夫婦が命を賭してまで仕掛けた抵抗運動は何らかの効果をベルリンの人々にもたらしたかといえば、全くそんなことはなかったということだ。

〈「手紙も葉書もすべて、自由意志で我々（警察）の元に届けられたものだ。我々が見つけ出したものは一枚もない。（略）ほとんどの人間が、葉書を読んですらいなかった……」〉

静かな連帯を信じたこの老夫婦の抵抗運動は、それどころかベルリンの人たちに恐怖と不安をもたらしただけだったのだ。

ではこの夫婦の抵抗は無意味たったのか。夫婦の死は犬死にだったのか。

私にはそうは思うことができなかった。二人はそれぞれ、ベルリンに一人死すために一人生きたのだ。それぞれ自分が信じるもの、信念を守るために。私はしばらくその場を動くことができなかった。

※ ※ ※

📕ハンス・ファラダ／赤根洋子訳『ベルリンに一人死す』｜みすず書房

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和薔薇と野薔薇。

和薔薇は初めて買った。店頭には数種出ていたけれど、どれも柔らかい色合いで可憐だった。

野薔薇の実はまだ青い。そしてこの終戦の季節にぴったりの童話を思い出す。

〈ちょうど、国境のところには、だれが植えたということもなく、一株の野のばらがしげっていました。〉

国境を守る老兵と、青年兵。自然と親しくなった二人はいい人だ。しかし、二人の意思に関係なく、両国の間に戦争が起きる。青年兵は戦争に取られ、消息が途絶える。野薔薇は枯れる。

📕小川未明「野ばら」

※ ※ ※

🌹【薔薇：Rosa】気品／しとやか
🌹【野薔薇：Rosa multiflora】無意識の美

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #ばら #和バラ #ローズファームケイジ #野バラの実 #本と花 #本と花のある暮らし #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

和薔薇と野薔薇。

和薔薇は初めて買った。店頭には数種出ていたけれど、どれも柔らかい色合いで可憐だった。

野薔薇の実はまだ青い。そしてこの終戦の季節にぴったりの童話を思い出す。

〈ちょうど、国境のところには、だれが植えたということもなく、一株の野のばらがしげっていました。〉

国境を守る老兵と、青年兵。自然と親しくなった二人はいい人だ。しかし、二人の意思に関係なく、両国の間に戦争が起きる。青年兵は戦争に取られ、消息が途絶える。野薔薇は枯れる。

📕小川未明「野ばら」

※ ※ ※

🌹【薔薇：Rosa】気品／しとやか
🌹【野薔薇：Rosa multiflora】無意識の美

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ちょっとした夏のバカンスの風景いいなあ。
⁡
〈馳騁北場、旅食南館、浮甘瓜於清泉、沈朱李於寒水。
⁡
北場に馳騁し、南館に旅食し、甘瓜を清泉に浮かべ、朱李を寒水に沈む。〉
⁡
蝉の声を聞きつつ、『漢文ノート』の「瓜の涙」を朝から読んだ。

前の引用は西暦215年前後のことだそうだ。曹丕がかつて友と過ごした夏を思い出している。

いまでも、こういう夏の楽しみは変わらない。当たり前に冷蔵庫のほうが冷えるけど、瓜は水に浮かべたい。
⁡
『文選』巻四二を紹介したのち、齋藤さんの筆は鏡花「瓜の涙」を紐解く。「天稚彦の草子」引き合いにしながら。そのラストシーンの読みに唸った。
⁡
〈娘が瓜なら、その涙が龍巻と呼応して洪水をもたらし、永遠に二人をわかつ天の川となりかねない。瓜には災厄をもたらす力がある。伝えられる話では、縦に切ればよいが横に切れば洪水になるというように、下手に割れば災いとなる。〉
⁡
鏡花の小説は読者に古典の教養がなければ良さが半減する。だから、こういう解読を読むとああすごいなあと思うし、自分は勉強が足りないと感じる。
⁡
瓜を割るには注意が必要だそうだが、これは「破瓜」の語のイメージも連想させるし、なんとも色っぽくかつ凄みもある。

そういえば大阪に「瓜破」という地名がある。こちらはあまり艶っぽい由来ではないのだが、私は子どもの頃からすごい地名だなと思っていた。

※ ※ ※

📕齋藤希史『漢文ノート　文学のありかを探る』｜東京大学出版会

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #齋藤希史 #漢文ノート #本と花 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子読書 #りり子日乗 #書籍編集者

ちょっとした夏のバカンスの風景いいなあ。
⁡
〈馳騁北場、旅食南館、浮甘瓜於清泉、沈朱李於寒水。
⁡
北場に馳騁し、南館に旅食し、甘瓜を清泉に浮かべ、朱李を寒水に沈む。〉
⁡
蝉の声を聞きつつ、『漢文ノート』の「瓜の涙」を朝から読んだ。

前の引用は西暦215年前後のことだそうだ。曹丕がかつて友と過ごした夏を思い出している。

いまでも、こういう夏の楽しみは変わらない。当たり前に冷蔵庫のほうが冷えるけど、瓜は水に浮かべたい。
⁡
『文選』巻四二を紹介したのち、齋藤さんの筆は鏡花「瓜の涙」を紐解く。「天稚彦の草子」引き合いにしながら。そのラストシーンの読みに唸った。
⁡
〈娘が瓜なら、その涙が龍巻と呼応して洪水をもたらし、永遠に二人をわかつ天の川となりかねない。瓜には災厄をもたらす力がある。伝えられる話では、縦に切ればよいが横に切れば洪水になるというように、下手に割れば災いとなる。〉
⁡
鏡花の小説は読者に古典の教養がなければ良さが半減する。だから、こういう解読を読むとああすごいなあと思うし、自分は勉強が足りないと感じる。
⁡
瓜を割るには注意が必要だそうだが、これは「破瓜」の語のイメージも連想させるし、なんとも色っぽくかつ凄みもある。

そういえば大阪に「瓜破」という地名がある。こちらはあまり艶っぽい由来ではないのだが、私は子どもの頃からすごい地名だなと思っていた。

※ ※ ※

📕齋藤希史『漢文ノート　文学のありかを探る』｜東京大学出版会

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #齋藤希史 #漢文ノート #本と花 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子読書 #りり子日乗 #書籍編集者

茎が繊細なので水差しだと心もとなかったが、意外と日持ちし、驚く。蕾のいくつかももちゃんと開花した。

切花を買うと、その花を書いた作品を青空文庫で調べる。クレマチスは古典に登場するだろうか。テッセン、あるいはカザグルマで調べると見つかるかもしれない。

※ ※ ※

🌹【クレマチス：Clematis】策略／精神の美

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #クレマチス #本と花 #本と花のある暮らし #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

茎が繊細なので水差しだと心もとなかったが、意外と日持ちし、驚く。蕾のいくつかももちゃんと開花した。

切花を買うと、その花を書いた作品を青空文庫で調べる。クレマチスは古典に登場するだろうか。テッセン、あるいはカザグルマで調べると見つかるかもしれない。

※ ※ ※

🌹【クレマチス：Clematis】策略／精神の美

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引っ越すたび、修羅場にも湿っぽくもしたくないから、「また来週遊びに来るしね」くらいのノリを装おうと、大量の本（というより本棚）を男の元に残すようにしている。

そのせいで時々、自分にとって本当に大切な本を持ってくるのを忘れる。『ルー・リード詩集』が見つからない。

ルー・リードといえば、大切な思い出がある。大学卒業したての頃、渡英して三日目のこと。

とても目を引く個性的で美しい女の子が「ファッション関係の人？」と、私に声をかけてきた。

「いや、出版にいきたい」
「そっか、私はデザイナーになる」

なんて言葉を交わして、お茶しようってことになった。互いに好きになったんだな。

打ち解けた帰り道、「なんか、りり子ちゃんって、ルー・リード、好きでしょ？　あとね、エミネムとか。私、卒論がウォーホルだったの。それで、あ、ファクトリーっぽい人がいるなって」と彼女が言った。

当時、私の神様はルイ＝フェルディナン・セリーヌ、オスカー・ワイルド、ルー・リード。ここまではなんとなく想像できるかもしれない。そして、これはいまだに誰に言っても驚かれるが、エミネムだった。皆、私にとって、言葉の神様。

彼女はその後、本当にデザイナーになり、成功している。誰かの家に置いてきたと思っていた『ルー・リード詩集』を見つけたときに思い出したこと。

〈あとで無限に心が変わるから　決心するのが大嫌いだと　キャンディが言う〉

いちばん好きな曲『Candy Says』。心は無限に変わる。でも変わらないものもある。キャンディは若く死んだから、永遠に変わらないものを知らなかったのかもしれない。

※ ※ ※

📕梅沢葉子訳『ニューヨーク・ストーリー　ルー・リード詩集』｜河出書房新社

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #ルーリード #ルーリード詩集 #本と花 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子読書 #りり子日乗 #書籍編集者

引っ越すたび、修羅場にも湿っぽくもしたくないから、「また来週遊びに来るしね」くらいのノリを装おうと、大量の本（というより本棚）を男の元に残すようにしている。

そのせいで時々、自分にとって本当に大切な本を持ってくるのを忘れる。『ルー・リード詩集』が見つからない。

ルー・リードといえば、大切な思い出がある。大学卒業したての頃、渡英して三日目のこと。

とても目を引く個性的で美しい女の子が「ファッション関係の人？」と、私に声をかけてきた。

「いや、出版にいきたい」
「そっか、私はデザイナーになる」

なんて言葉を交わして、お茶しようってことになった。互いに好きになったんだな。

打ち解けた帰り道、「なんか、りり子ちゃんって、ルー・リード、好きでしょ？　あとね、エミネムとか。私、卒論がウォーホルだったの。それで、あ、ファクトリーっぽい人がいるなって」と彼女が言った。

当時、私の神様はルイ＝フェルディナン・セリーヌ、オスカー・ワイルド、ルー・リード。ここまではなんとなく想像できるかもしれない。そして、これはいまだに誰に言っても驚かれるが、エミネムだった。皆、私にとって、言葉の神様。

彼女はその後、本当にデザイナーになり、成功している。誰かの家に置いてきたと思っていた『ルー・リード詩集』を見つけたときに思い出したこと。

〈あとで無限に心が変わるから　決心するのが大嫌いだと　キャンディが言う〉

いちばん好きな曲『Candy Says』。心は無限に変わる。でも変わらないものもある。キャンディは若く死んだから、永遠に変わらないものを知らなかったのかもしれない。

※ ※ ※

📕梅沢葉子訳『ニューヨーク・ストーリー　ルー・リード詩集』｜河出書房新社

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #ルーリード #ルーリード詩集 #本と花 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子読書 #りり子日乗 #書籍編集者

アナベルは水分が多いからうまくドライフラワーにならない。頭を垂れてしまったら、新聞紙でキツめに巻いてほとんど頭まで水の中に突っ込んでおくと、またピシッとしたりする。

佐藤春夫に「あじさい」という掌編がある。未亡人に想いを寄せる男は以前より彼女の夫の死を願っていた。その事実をついに告げるのか。

〈「紫陽花があってもいい庭ですがね。」
　男はつかぬことを言った。
　女は答える――
「いやですよ、紫陽花などは。あれは病人の絶えない花だというじゃありませんか。」〉

あじさいは不穏なモチーフとして登場する。

📕佐藤春夫「あじさい」

※ ※ ※

🌹【紫陽花：Hydrangea macrophylla】移り気／無常

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #あじさい #佐藤春夫 #本と花 #本と花のある暮らし #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

アナベルは水分が多いからうまくドライフラワーにならない。頭を垂れてしまったら、新聞紙でキツめに巻いてほとんど頭まで水の中に突っ込んでおくと、またピシッとしたりする。

佐藤春夫に「あじさい」という掌編がある。未亡人に想いを寄せる男は以前より彼女の夫の死を願っていた。その事実をついに告げるのか。

〈「紫陽花があってもいい庭ですがね。」
　男はつかぬことを言った。
　女は答える――
「いやですよ、紫陽花などは。あれは病人の絶えない花だというじゃありませんか。」〉

あじさいは不穏なモチーフとして登場する。

📕佐藤春夫「あじさい」

※ ※ ※

🌹【紫陽花：Hydrangea macrophylla】移り気／無常

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #あじさい #佐藤春夫 #本と花 #本と花のある暮らし #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

タイトルが見過ごせなかった。他人事とは思えなかったから。

古典が好きだ。タスクがない完全に自由な休日、何をしたいかと問われると、本を読みたい。しかも古典。隣にケーキもあれば、それは最高ですよね。

「ことのはじまり」にこうあった。

〈古典もケーキもともに必需品ではないが、こころにとっては欠かせない。〉

しかし、熟年した男性である梶村さんは、〈読書に倦んだおっさんが本を脇に抱えたままケーキを求めて徘徊する〉姿にちょっとした後ろめたさを感じている。

その姿を想像すると、内田百閒的なおかしみがあって良いと私は思うのだけれど、なんにせよ梶村さんご本人は気にしておられたようだ。しかし、突然、転機が訪れる。

クロアチアのザグレブ。市井の人たちに愛される老舗のケーキ屋さんを訪ねる。奥の喫茶スペースを覗くと、〈ほぼ満席だ。そして、座っているのは……。おっさんばかりだった。〉

梶村さん、転向の瞬間だ。そして、冷静を装い自分もケーキをひとつ注文し、〈静かなおっさんたちの森へ。〉分け入っていく。

こんな調子ではじまるブックガイドなんだけど、これが素晴らしくて。梶村さんの「読み」には、私にはけっして見えてこない、「おっさんへの深い共感」というものが一貫して、ある。それがとても良い。

たとえば、漱石の「文鳥」。

〈小説は冒頭からそっけないほどの淡々とした文体をくずさなかった。筆致は淡々としていたのではない。暴れ出そうとするものを渾身の力で抑え込んでいただけなのだ。〉

文鳥が一羽家に来たくらいで、みっともなく大はしゃぎしない。本当はその繊細な姿形、動き、すべてに魅力されているのに。しかし、それを抑え込んで淡々と書く。分別のある熟した人として。

「文鳥」は漱石のなかでは「夢十夜」「それから」と並んで好きな作品だったけれど、今度はまた「梶村さんの読み」で読んでみたい。

※ ※ ※

📕梶村啓二『古典とケーキ　甘い再読愉悦の読書案内』｜平凡社

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #梶村啓二 #古典とケーキ #花と本 #エディシオンリリー #書肆Lily #編集Lily #りり子日乗 #書籍編集者

タイトルが見過ごせなかった。他人事とは思えなかったから。

古典が好きだ。タスクがない完全に自由な休日、何をしたいかと問われると、本を読みたい。しかも古典。隣にケーキもあれば、それは最高ですよね。

「ことのはじまり」にこうあった。

〈古典もケーキもともに必需品ではないが、こころにとっては欠かせない。〉

しかし、熟年した男性である梶村さんは、〈読書に倦んだおっさんが本を脇に抱えたままケーキを求めて徘徊する〉姿にちょっとした後ろめたさを感じている。

その姿を想像すると、内田百閒的なおかしみがあって良いと私は思うのだけれど、なんにせよ梶村さんご本人は気にしておられたようだ。しかし、突然、転機が訪れる。

クロアチアのザグレブ。市井の人たちに愛される老舗のケーキ屋さんを訪ねる。奥の喫茶スペースを覗くと、〈ほぼ満席だ。そして、座っているのは……。おっさんばかりだった。〉

梶村さん、転向の瞬間だ。そして、冷静を装い自分もケーキをひとつ注文し、〈静かなおっさんたちの森へ。〉分け入っていく。

こんな調子ではじまるブックガイドなんだけど、これが素晴らしくて。梶村さんの「読み」には、私にはけっして見えてこない、「おっさんへの深い共感」というものが一貫して、ある。それがとても良い。

たとえば、漱石の「文鳥」。

〈小説は冒頭からそっけないほどの淡々とした文体をくずさなかった。筆致は淡々としていたのではない。暴れ出そうとするものを渾身の力で抑え込んでいただけなのだ。〉

文鳥が一羽家に来たくらいで、みっともなく大はしゃぎしない。本当はその繊細な姿形、動き、すべてに魅力されているのに。しかし、それを抑え込んで淡々と書く。分別のある熟した人として。

「文鳥」は漱石のなかでは「夢十夜」「それから」と並んで好きな作品だったけれど、今度はまた「梶村さんの読み」で読んでみたい。

※ ※ ※

📕梶村啓二『古典とケーキ　甘い再読愉悦の読書案内』｜平凡社

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〈日差しに頭を露出していると、時折ちょっとした幻影を見ることになる。そういうことがあるんだ、実に。一度、数年前のことだが、庭で涼んでいたときに、向日葵の花が実にくっきりと、人の顔に変わっていくところを目にしたようだった。一時期ら私が高く買っていたぺぺ・アルバレスという、若くて威勢の良いメキシコ人の拳闘選手の顔にね〉

カポーティ23歳のときに出版されたこの長編小説には、様々な花が出てくる。虚実綯交ぜのような少年の成長譚を彩るのは、花が登場する風景描写だ。

向日葵、グラジオラス、ダリア、オニユリ、スパニッシュモス……。

植生からストーリーの舞台が浮かびあがる。

📕トルーマン・カポーティ／村上春樹訳『遠い声、遠い部屋』

※ ※ ※

🌹【向日葵：Helianthus annuus】憧れ／あなただけを見つめる

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #ひまわり #カポーティ #遠い声遠い部屋 #花と本 #エディシオンリリー #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

〈日差しに頭を露出していると、時折ちょっとした幻影を見ることになる。そういうことがあるんだ、実に。一度、数年前のことだが、庭で涼んでいたときに、向日葵の花が実にくっきりと、人の顔に変わっていくところを目にしたようだった。一時期ら私が高く買っていたぺぺ・アルバレスという、若くて威勢の良いメキシコ人の拳闘選手の顔にね〉

カポーティ23歳のときに出版されたこの長編小説には、様々な花が出てくる。虚実綯交ぜのような少年の成長譚を彩るのは、花が登場する風景描写だ。

向日葵、グラジオラス、ダリア、オニユリ、スパニッシュモス……。

植生からストーリーの舞台が浮かびあがる。

📕トルーマン・カポーティ／村上春樹訳『遠い声、遠い部屋』

※ ※ ※

🌹【向日葵：Helianthus annuus】憧れ／あなただけを見つめる

#読書好きな人と繋がりたい #花のある生活 #ひまわり #カポーティ #遠い声遠い部屋 #花と本 #エディシオンリリー #りり子日乗 #りり子読書 #書籍編集者

私、カポーティは黒人女性の美を描写する筆が長けた作家だと思う。批評などでそういう指摘を読んだことは、今のところないけれど。

〈長身のミズーリ・フィーヴァーは裸足で力強く、身のこなしが優雅で、音を立てずに悠々堂々とキッチンを歩き回る様は、しやなかな黒猫を思わせた。彼女の歩行のさりげない流れはあでやかに官能的であり、いかにも傲慢そうだった。つり上がった目をして、肌は焦げついたストーブよりもまだ黒かった。そのねじれた髪は、まるで幽霊を目にした人のように、先端がぴんと直立していた。〉

最初にこのことに気づいたのは、『ここから世界がはじまる　カポーティ初期短編集』を読んだときのこと。

高校生のカポーティは、詩を読むのが巧い黒人女性を〈オリーブ色の肌の女が糖蜜のように男といちゃつく〉と書いている。黒人女性の甘いような匂いが漂ってきそうだ。なにひとつ匂いのことなど言っていないのに。

※ ※ ※

📕トルーマン・カポーティ／村上春樹　訳『遠い声、遠い部屋』｜新潮社

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #カポーティ #遠い声遠い部屋 #村上春樹 #花と本 #エディシオンリリー #りり子日乗 #書籍編集者

私、カポーティは黒人女性の美を描写する筆が長けた作家だと思う。批評などでそういう指摘を読んだことは、今のところないけれど。

〈長身のミズーリ・フィーヴァーは裸足で力強く、身のこなしが優雅で、音を立てずに悠々堂々とキッチンを歩き回る様は、しやなかな黒猫を思わせた。彼女の歩行のさりげない流れはあでやかに官能的であり、いかにも傲慢そうだった。つり上がった目をして、肌は焦げついたストーブよりもまだ黒かった。そのねじれた髪は、まるで幽霊を目にした人のように、先端がぴんと直立していた。〉

最初にこのことに気づいたのは、『ここから世界がはじまる　カポーティ初期短編集』を読んだときのこと。

高校生のカポーティは、詩を読むのが巧い黒人女性を〈オリーブ色の肌の女が糖蜜のように男といちゃつく〉と書いている。黒人女性の甘いような匂いが漂ってきそうだ。なにひとつ匂いのことなど言っていないのに。

※ ※ ※

📕トルーマン・カポーティ／村上春樹　訳『遠い声、遠い部屋』｜新潮社

#読書好きな人と繋がりたい #読書 #カポーティ #遠い声遠い部屋 #村上春樹 #花と本 #エディシオンリリー #りり子日乗 #書籍編集者

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